当研究会は、昭和61年12月に発足以来、政見放送全般への手話通訳等の導入及び聴覚・言語に障害のある候補者の政見放送のあり方について、 調査、研究を行い、昭和62年2月には、聴覚・言語に障害のある候補者の政見放送のあり方等について結論を得て中間報告を行ったところである。
政見放送は候補者、政党等の政見を伝える重要な機会であるため基本的にはできるだけ多くの方にその内容が伝わるようにすることが望ましい。同時に極めて限られた期間内に多くの候補者、政党等について公正に制作・実施しなければならないためすべての候補者、政党等に対し公平な取扱いが特に厳格に要請されるものでもある。
したがって、政見放送全般への手話通訳等の導入の問題についてはそうした政見放送の性格から検討を要すべき制作上、技術上の課題等が少なからずあるものの、聴覚等に障害のある方にできるだけ広く各候補者、政党等の政見を知ってもらうことは参政権の行使において重要なことであるため、当研究会では中間報告以後も引き続き研究会を開催し、検討を重ね、独自に政見放送に手話通訳を導入した試作品を作るなど課題解決に努めてきたところである。
またその間、平成元年度には手話通訳認定制度が創設され、平成5年度には同制度による手話通訳士の数も地域的な偏在がみられるものの全国的には600人を越える等政見放送に手話通訳を導入するための諸条件も徐々に整備されてきたところである。
さらに、昨年3月には政府においていわゆる「障害者対策に関する新長期計画」が策定されたところである。
そこで今回当研究会としては、こうした状況を踏まえこれまでの議論を取りまとめることとし、政見放送全般への手話通訳等の導入については解決すべき幾多の課題はあるものの、現段階でまず可能なものから導入していくべきであるとの最終的な結論を得たので、下記の通り報告するものとする。
平成6年6月20日
政見放送研究会
座長 堀部 政男
委員 秋田 周
委員 秋山 隆志郎
委員 磯部 力
委員 板山 賢治
委員 今井 秀雄
委員 貞広 邦彦
(参考)
政見放送に手話通訳等を導入するに当たっての問題点とそれへの対応
1 手話通訳について
(1) 手話通訳者については、その性別、年齢、著名度などの属性や通訳の技術力により各候補者、政党等の間に不公平を生じるのではないかとの問題がある。
これについては、名簿届出政党等が独自に手話通訳者を確保することとすれば、手話通訳を付けるか否か、手話通訳を付ける場合には誰に頼むのかを政党等が自ら判断し、決めるのであるから、その選択の責任は政党等が負うことになり、その点での名簿届出政党等間の不公平はないと考えられる。(2) また仮に誤訳等があった場合でも、その責任はその通訳者を選んだ名簿届出政党等が負うことになる。 (3) さらに手話通訳できる者の範囲を厚生大臣公認の試験に合格した手話通訳士に限定すれば、一定レベルの均質な手話通訳が期待できることから、不公平の問題は生じないのではないかと考られる。 (4) 一方、手話通訳を制度化する場合には政見放送を通訳できる技術力を持った手話通訳者の絶対数を確保しておかなければならないという問題がある。即ち、手話通訳を付けて政見放送しようとする政党等がかなり多くなる場合が十分あり得ること、また政見放送自体が選挙期日の公示日(告示日)前後の極めて限られた短い期間での制作とならざるを得ないため政党等が短期間で手話通訳者を確保し、政見内容の打合せ等をしなければならないこと等から、政見放送への手話通訳の導入を制度化するためにはその地域に相当数の手話通訳士が現に存在することが必要である。
現在公認の手話通訳士は全国で606人いるものの、大都市圏に多く、地域的に著しく偏在している。都道府県別にみると1桁しかいないところが32団体と半数を上回っており、特に3人未満のところが16団体と全体の約3分の1もある。しかし、東京都については145人(23.9%)、神奈川、埼玉、千葉を含めると256人でこの地域だけで全体の42.2%を占めている。
したがって、東京にある日本放送協会の本部で政見放送の収録を行う参議院比例代表選挙については上記の数の問題を十分クリアーできることになる。(5) なお、名簿届出政党等が手話通訳士を確保するについては中央選挙管理会や 日本放送協会は名簿届出政党等への利便提供として手話通訳士に関する情報を 提供することが望ましい。
2 手話について
(1) 手話は、一般に要約、意訳を伴うため、現行の公職選挙法150条1項の「政見を録音し又は録画し、これをそのまま放送しなければならない」という規定に抵触するのではないかという問題がある。
これについては名簿届出政党等が手話通訳士を自らの責任で確保するとすれば、政見の放送と同時に行われる手話通訳は、当該名簿届出政党等の政見そのものであるとも考えられ、少なくともその政見に含まれると解釈し得るものであり公選法150条の規定に抵触することはないと考えられる。(2) また手話の語彙数が必ずしもまだ十分ではないと考えられることから、政見放送の内容を十分訳することが可能かとの問題が生じるが、これについては政見放送の手話通訳を行うこととなる者の研修を行うとともに政見放送によく使用される用語の手話化及び標準化を手話通訳に関する関係機関等にお願いしていくことによりクリアーできるのではないかと考えられる。なお、現在国立身体障害者リハビリテーションセンターにおいては試験に合格した手話通訳士に対する専門研修会が実施されているところである。
3 放送事業者について
政見放送に手話通訳を導入することについては、それを収録する側の放送事業者の協力が必要であるが、各放送事業者(日本放送協会、一般放送事業者)の体制(人員、設備等)に鑑みると全国すべての放送局、放送事業者がそれに対応できるという状況にはないと考えられる。
しかし、参議院比例代表選挙については東京にある日本放送協会の本部で政見放送の収録を一括して行うので体制の面でも対応できるのではないかと考え られる。
4 経費負担について
手話通訳者に対する報酬や放送事業者の設備など手話通訳の導入に伴い新たな経費が必要になるが、手話通訳が政見放送に含まれるということであれば、政見放送の制作費の一部として公営経費で対応することができると考えられる。
5 画面処理について
手話通訳をテレビ画面で処理する場合、現在ワイプ方式と並立方式の2通りが考えられるが、手話通訳の画面処理に要する期間や画面の見やすさに関する映像面に鑑みるとワイプ方式よりも並立方式の方が適していると考えられる。
6 その他の選挙への導入について
参議院比例代表選挙以外の選挙の政見放送への手話通訳の導入については、現在の状況においては以上述べたようないくつかの解決しなければならない課題があるため困難と考えられる。
なお、今回の政治改革による公職選挙法の改正により衆議院の小選挙区選挙においては候補者届出政党に対しいわゆる持込み方式の政見放送が認められたことから、政党が制作する政見放送においては手話通訳の導入が可能となったところである。
7 字幕スーパーの導入について
政見放送への字幕スーパーの導入については、主に以下のような問題点があると考えられる。
(1) 現在の水準では、わずか1〜2日間で全体の制作を終え、放送を始めなければならない政見放送においては字幕希望者が多くなると対応が極めて困難になってしまうこと (2) 字の大きさや画面に表示する位置等を考えると政見放送の時間内に字幕で伝えることができる文字数はかなり限られるため字幕スーパーの内容自体も限定されたものになってしまうこと (3) 原稿なしの同時通訳で字幕スーパーを入れることは、入れたもののチェックができず無理であること (4) 原稿を前もって出してもらう場合でも、その原稿が一般の政見用のものなら字幕スーパーでは字数等からそれを要約する必要があるが、そうした要約を選挙管理委員会や放送事業者が自ら行うことは選挙管理の公正の確保の観点からできないこと
また原稿が字幕用のものでも、それが政見内容と一致しているという保障はなく、仮に内容的に一致していても候補者等が現実に話している内容と字幕スーパーの内容とを同一画面上で一致させることはかなり難しいこと
これらのことから、政見放送への字幕スーパーの導入については現状では困難と考えられる。
※木下コメント;ここまでが政見放送研究会の報告書です。以下に参考までに大臣コメントと制度概要を付けます。
<参考資料1>
本日、政見放送研究会から政見放送への手話通訳等の導入についての報告を取りまとめていただきました。
研究会におかれては長期間にわたりこの問題に取り組んでいただき、ご検討いただきましたことを衷心より感謝申し上げます。
今後は、この報告の趣旨を尊重し、政見放送に手話通訳が導入できるよう諸準備を進め、次の平成7年度に予定されている参議院通常選挙に間に合うよう最大限の努力を致してまいりたいと考えています。
以上
<参考資料2>
(制度の概要)
1 対象選挙 参議院比例代表選出議員選挙 手話通訳士の地域的偏在の現状、放送事業者の放送体制の現状から、当面日本放送協会が東京で録画を行う参議院比例代表選出議員選挙に導入する。その他の選挙への導入については、今後手話通訳士の育成状況等を見ながら検討していくこととしたい。 2 導入時期 平成7年執行予定参議院議員通常選挙から 3 手話通訳者 厚生大臣公認試験に合格した手話通訳士 4 確保主体 各参議院名簿届出政党等・任意制 5 確保方法 各参議院名簿届出政党等が手話通訳士本人の承諾を得て選定 6 通訳の人数 各参議院名簿届出政党等の録画1回につき1人 7 利便の提供 中央選挙管理委員会及びNHKから各参議院名簿届出政党等に対し手話通訳士の名簿を配布 8 申し込み方法 各参議院名簿届出政党等がNHKに政見放送の申し込みを行う際にNHKに対し手話通訳の有無、手話通訳士の氏名及び連結先を届出 9 通訳料支払い 国が負担する制作費の中で、NHKから各手話通訳士に対し支払 10 規定整備 政見放送及び経歴放送実施規定の改正 NHKの定める様式(政見放送申込書、録画方式届)の改正 11 その他 録画方法、通訳料支払方法等の細目はNHKが定める。