木のつぶやき
2003年2月22日(水)

森巣 博さんの考え

 森巣 博(もりす ひろし)さんの名前は、先日読んだ「ナショナリズムの克服」(姜 尚中(カン サンジュン)、森巣 博・集英社新書)で初めて知った。

 「ナショナリズムの克服」も、必ず書評を書きたいと思っていた本なんだけど、なかなか時間が取れなくて机の上に積んだままになっている。僕がこの本で世の中の「新たな見方」として得たところは、第4章「民族概念をいかに克服するか」▲グローバリズム1−福祉国家の挫折(187ページ〜)です。

<188ページからの姜さんと森巣さんの対談を一部ご紹介します。色つけは木下>
森巣  前回の対談で、姜さんは、日本が現在直面しているのは、「失われた10年」ではなく、「失われた20年」なんだと話されました。70年代末から80年代初頭にやるべきであった構造改革を、スキャッパニズムという戦後体制的な日米談合で騙し騙し乗り切ってきたツケを、今、払わされているんだと。そうすると、石原発言も、グローバル化に対する、遅ればせながらの反動というふうに理解することも可能だと思うんです。まあ、あまりにもレベルが低すぎるのですが。そうすると、グローバリズムとは何かということも、ここでしっかり考えておきたいですね。
 まず、グローバリズムという言葉が英語圏の文献に登場するのは、おそらく、70年代後半から80年代初頭にかけてだと思います。しかし、前回、お話ししたように、80年代の日本では、グローバリズムという言葉は使用せず、国際化と言っていました
森巣  国際化というのは、ある日本研究者の説明では、世界を日本のイメージで書き換える試みなんですね。それに対して、グローバリゼーションは、世界のイメージで日本を書き換える試みだと。だから、それに対する反発があって、ナショナリズムが台頭してきたのだ、と。確かに、あれは、説得力があった。
 グローバリズムとナショナルなものは、コインの裏表のような側面があるのかもしれません。
森巣  しかし、前にもお話ししましたが、個人的には、太古の時代からグローバリゼーションはあったと思うんです。そして、おそらく、グローバリゼーションの中にも、幾つかの段階があるんですよ。18世紀末ころに成立した国民国家自体が、グローバリゼーションの産物である。
 なるほど。
森巣  ただ、姜さんが言うように、70年代の終わりくらいから、グローバリゼーションがまったく新しい段階に入ったことは事実でしょうね。その中で、国民国家の意味も、大きく変容してきていると思います。意味が変わってきているから、それを隠蔽するために、西部邁みたいな奴は、「伝統と言うとやばいから、トラディションって言おう」となる。
 だから「ニッポン・ネオ・ナショナリズム宣言」のようなカタカナ語が出現したのでしょうね。今では国体の本義なんて言っても、誰もついてこない。理解できないですからね。
森巣  国体の本義っておもしろいですね。私の意見では、国体の本義があるなら、国体の不義があってもいいと思う(笑)。
 国民国家自体が、おもしろいですよ。ベネディクト・アンダーソンは、国民国家のことをモジュールと言っていました。モジュール自体が、グローバル化の所産なわけですから。
森巣  さっきの日本研究者は、フォーマット化(形式化)って呼んでました。ある世界共通のフォーマットに合わせて、国民国家を形成していく。だからなおさら、差異が強調されるんだ、と。
 フォーマット化。それはわかりやすい。ただ、フォーマット化のフォーマット自体が、時代とともに変わるわけでしょう。
森巣  確かにそうです。
 その新しいフォーマットが、70年代の末くらいから出てきた。それを一言で言うと、国家が、人口(=国民)を生かすという生命政治から、退却するということです。
森巣  それはどういうことですか。
 つまり、福祉国家をやめる
森巣  ああ、そうか。
 70年代末以前の国家のイメージでは、ウエルフェア・ステート(福祉国家)なんですよ。
森巣  国家が国民の面倒を見てくれる。だから、国民としての義務を果たせと。確かに、そういうイメージがありました。
 しかし、70年代の終わりくらいから、国家が、人口としての国民をボトムアップ(かさ上げ)していくことができなくなったんですね。そのように、ウエルフェア・ステート的な方向性が挫折すると、結局は、資源の選択的な配分が起こらざるをえない。それを再配分化していくために、国家の正当性を、別のものに切り替えなければならなかったんです。
森巣  まさに、80年代の英国。サッチャリズムそのものです。
 だから、そのときに現れてきたのが、公共の福祉とか国民の幸福ではなく、効率性、合理性、能率性なんです。それがさらに、自己責任や自己開発にシフトしていった。結果、国家を意識しないと自分たちの生存が危ういとか、何か、そういう議論になっていったんですね。
森巣  福祉国家には、ソーシャル・セキュリティという言葉があったでしょう。それが、80年代に入ると、ソーシャルの部分が抜け落ちてしまった。例えば、オーストラリアの政治でも、セキュリティという言葉だけをよく使うようになってきます。福祉はもう限界だけど、外国人犯罪やテロリズムから国民を守るという話なんですね。
 今、博さんがおっしゃったように、確かに、ソーシャル・セキュリティは、社会保障の意味ですね。それが抜け落ちて、国家が保障するセキュリティは、結局、公安だけになった。
森巣  そうですね。
 安全という意味のセキュリティが出てきた背景には、世界がどこか、万人の万人に対する闘争状態のような「自然状態」に近づきつつあるし、私たちの社会もそうなりつつあるという共通認識が、みんなの中にあるんでしょうね。その自然状態の中で、セキュリティ(安全)を侵すような危険なアイデンティティを持った集団や個人がいる。その危険な人間たちを回避するためには、どのようにすればいいかということが、公然と論議されるようになったわけです。
 70年代末以前の国家においては、例えば、警察機構が治安維持活動に積極的に介入するようなことはあまりありませんでした。もちろん、デモに参加する人たちを弾圧したりもしましたが、ミリタリー・パワーと警察力は、明確に分けられていました。それが現在では、不分明なものになっています。
森巣  ううん。70年代以前の日本でも、公安警察の側面は強かったと思うのです。ただし現在はそれが完全に合体しちゃった。
 福祉国家が破産するということは、階層間の格差が広がることを意味します。同時にそれは、国家間の格差が広がることも意味します。そうすると、社会全体が自然状態に近づいていくのではないかという恐れが出てくる。当然、国家は、人々のセキュリティを守ってくれる最後のよりどころになります
森巣  ただ、私がわからないのは、健康保険でも社会保険でも、団塊の世代の人たちなんかは、ずっと保険料を払ってきたのに、小泉純一郡になって突然、健保は3割自己負担だなんてことを言い出されたわけでしょう。やっと受給できると思ったら、国家の首長が「かけた金額分はもらえません」と言うわけです。何で石を投げないのかな。
 そうですね。
森巣  今のお話の中に出てきた「安全」についてですが、何だか、今は、安全か自由かという二項対立的な発言、主張が多いわけです。安全のためには自由を放棄しろ、とでもいうような議論の立て方をされる。でも、私に言わせると、自由を奪われたら安全も失うんだという基本的な部分が、その議論では見えていない。それなのに、メディアは、依然として二項対立的な報道をつづけるし、とくに、アメリカなんてあからさまにそうでしょ。政府自身もそう思い込んでいるのかもしれないけど。
 それはそうでしょう。
森巣  9.11以降、アメリカは、実にいろんな言論統制をやったわけです。憲法のアメンドメントのナンバー1かナンバー7かを持ちだして。つまり、言論の自由を抑圧する方法として、安全か自由かという二者択一的な問題提起の仕方をしてきた。それは、明らかにインチキな方式です。つまり自由がなくなったときは、安全もないんです。

 「福祉国家」ってもうとっくの昔に捨てられてたんだ、そう気付いたら今の社会の流れがすごくよく分かるようになった。
 経済が右肩「下がり」になって税収が減れば、限られたパイ(国家予算や資源)のぶんどり合いになるけれども、そこで必要なのは、国家という行司(審判)の正当性だ。そこで「効率」というルール(ものさし)が持ち込まれて、それがさらに「自己責任」という考え方に至ったということなんですね。
 そうすると「効率」や「自己責任」の元に階層間の格差が広がることも容認されるようになって(競争社会)、世界的に公平な競争をするための国家管理が必要なんだというような考え方に至るわけです。

 手話通訳の制度化や、情報提供施設の問題、あるいはろう重複者の施設建設の問題なども、こうした国の方向性を踏まえて交渉を進めていかなければ、「相手にされない」時代になっているのだと思う。国は「無い袖は振れぬ」と開き直っているワケだけど、実はそれは資源の配分(誰にどう分けるか)の問題なので、「福祉だから無料だ」という主張でなく、「これこれこういう理由にもとづいていくらの配分を受ける(配分を増やす)権利が我々にはあるんだ」という主張をしていかなければならないと思う。

 話しが横道にそれてしまったけれど、この「ナショナリズムの克服」の次に読んだ「無境界の人」(森巣 博著・集英社文庫・ブックオフで300円)で、今度は、「日本人論」と「ろう者論」について大いに考えてしまったのだ。文庫版のあとがきにはこうある。

 賭場に巣喰う「常打ち賭人」が、文章を書こう、などと身の程知らずのことを思い付いたのは、恥じらいもなく巷で闊歩する「日本人論」なるものの虚構性を提示してみたかったからだった。
 「日本人論」なる文化類型が、いかにインチキで、卑しく、下劣なものであり、かつ、いかに社会に害毒を撒き散らしているかが、ちょっとでもおわかりいただけたら、多大な経済的犠牲を払いながらも、本書を上梓した意味があったと今では考えている。

 日本国籍所有者という以外に「日本人」という概念はないんだ、と森巣さんは喝破されている。それは「国籍」の違い以外は、人としてのあり方はみんな共通なんだという主張であると僕は受け止めた。「日本人とは?」とか「日本人の心」などという言葉に隠されたウソ、それは高見山も呂比須ワーグナーも韓国系日本人(在日朝鮮人)もひっくるめた日本人論など存在し得ないことからも明らかだと森巣さんはやさしく解き明かしてくれる。逆にそういう人たちを排除しようと言う人種差別・民族差別が「日本人論」の根っこにあることを気付かせてくれるのだ。

 そこで、僕が考えたのは「ろう者とは、何か?」という議論だ。ろう者、聴覚障害者、難聴者。日本手話、中間型手話、日本語対応手話。こうした整理が今の手話研究やろう教育の進展に与えた影響は計り知れない。
 ろう者のアイデンティティという課題が議論されるようになったことも素晴らしいことだと思う。
 ただ、この問題を聴者が語るときには、慎重に考えなければならないと思う。
 つまり、そこにろう者を特別視(=実は本人も気付かないような蔑視)するような視点や、日本手話を話すか話さないかで聴覚障害者を色分け(=見た目のきれいな差別あるいは逆差別)するような考え方が混ざり込んでいないかを常に自己チェックしながら、対処していかなければならないように感じたのだ。

 ろう者も聴者も日本国籍所有者であれば同じ「日本人」であり、その一方でお互いの違いをキチンと見つめ、理解し合うスタンスが大切だと思う。

 こんなことを考えたのは、実は手話通訳者養成の講師に求められる資質とは何だろうか?と考えていたからだ。聴者講師にも様々な資質がある。僕の手話はいわゆる「中間型」手話から「日本語対応手話」に近いもので、谷和原で一緒に講師を担当している「ろう者」(ご本人の弁)も僕に近いかそれ以上に日本語対応手話に近い。果たして僕らに「手話」通訳養成を担う資格があるのだろうか?と悩んできたのだ。

 そして通訳の対象となる言語=「手話」とはなんだろうか?という問題をずっと考えてきた。「手話」とは何だろうか? ろう者であるN講師が話す手話は「手話であって手話でない」のか?

 実は未だによく分からないでいるけれど、この本を読んで、少なくとも「日本手話を話す者のみがろう者である」というような考え方に自分が陥ってはいけないなと思ったのだ。そして、それは新たな差別を生み出すきっかけになりかねない恐れを内包しているように感じたのだ。
 ろうの教師が増え、ろう者がろう者として自分の存在に誇りをもって生きていける社会は素晴らしいと思う。ただ、「ろう者」という概念が、なんらかの条件を付してそれに合致しない聴覚障害者を排除するような考え方に結びつかないようにしなければいけないなと、僕は自分に言い聞かせたのだ。様々な「ろう者」がいて、多様な「ろう者」とどんどん変化しつつある「ろう者」の期待に応えられるような手話通訳者を目指したいと改めて肝に銘じたわけです。
 道は遥かに遠いなぁ〜。

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