新聞切り抜き帖

2003年2月8日(土)朝日新聞

帝国としての米、崩壊過程に

欧州と対立が軸、イラク脇役

仏の人類・歴史学者 トッド氏に聞く

トッド氏;仏国立人口統計学研究所研究員。パリ政治学院卒、英ケンブリッジ大で博士号。家族制度と政治・経済体制の相関関係を分析して注目された。76年の著書でソ連体制崩壊を予言。昨年著した「帝国後」では米国の弱体化を指摘して注目された。
 イラク攻撃準備に突っ走る米国を見て、フランスの人類学・歴史学者のエマニュエル・トッド氏(51)は「崩壊しつつある帝国だ」と指摘する。イラク問題の本質は、そんな米国と対抗勢力として浮上し始めた欧州との対立であり、イラクのフセイン大統領はドラマの脇役にすぎない、というのが同氏の見たてだ。(パリ=大野博人)

−イラク危機での米国の振る舞いをどう評価しますか。

「われわれが目撃しているのは、帝国としての米国の崩壊過程だ。軍事的に超大国でも経済的には弱体化が著しい。貿易赤字は増大し続けている。誰もが米国にカネを置いておけば安心と思っていたが、エンロン事件などでそのカネが日々の消費で消えているだけであることに気付いた。米国システムの脆弱さがわかり、ドルも下がっている」
「『悪の枢軸』論は、それでも米国は必要だと世界に思わせるための戦略だ。だが『悪者』のうち北朝鮮は中国がからむ。イランは民主的にさえなりつつある。そこで実際は取るに足りない力しかないイラクを選び、力んでいるのだ」

−どこが米国に対抗できるのでしょう。

「米国のラムズフェルド国防長官は、仏独がイラク問題で共同歩調をとる姿勢を見せたとたんに『古い欧州』と軽蔑してみせた。この反応の早さはむしろ、仏独を推進役として『大国』になりつつある『新しい欧州』への恐怖感を示している」
「米国にとって深刻なのはフランスの抵抗よりシュレーダー独政権の『戦争反対』だろう。世界の経済大国は米独日の三つ。米国がほかの2国を支配することで秩序ができていた。その一つが造反すれば、システムは崩壊するからだ。ドイツの離反は歴史的だ。欧州経済は堅調だし、次第にシステムとしてもできあがりつつある。つまり、米国と軍事的、経済的大国である欧州が対立しているのだ。フセイン大統領は、この両者が繰り広げるチェスの『ポーン』(歩)の駒みたいな役割しか担っていない」

−だが欧州はイラク問題で分裂気味です。

「確かに、欧州の8人の首脳が親米を訴える公開書簡を発表した。しかし、これは個人的なもので8人の背後に国民はついてきていない。人々は欧州としてまとまっていて、米国寄りではない」

−米国は仏独抜きでも戦争をしそうです。

「欧州の主要国が同調せず、膨大な貿易赤字をかかえてドルが下がり続ける中、どんな戦争ができるのか。湾岸に15万人の兵力を置けば、1週間で10億ドルの出費だ。ところが、米国は貿易赤字を埋めるために1日に15億ドルの資金を必要としている。本当なら戦争など避けたいはずだ。だが、政府もメディアも一体になったようなこけおどしを続けたために、抜き差しならなくなっているのだろう」
 先日、朝日新聞にイラクへの戦闘行為の開始に反対する意見広告が掲載された。イラク問題については、新聞・テレビの情報もいろいろな立場の意見に耳を傾ける必要がある。今回、ご紹介したトッド氏の考え方も大いに参考になる。
 また、以前に紹介した「田中宇の国際ニュース解説」 http://tanakanews.com/ も是非ご覧下さい。

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